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008 原因と結果の間にあるもの

● 原因と結果の間にあるもの

 例えば、Aという商品がヒットした。原因を分析したところ、決め手は卓越したキャッチコピーだったとします。

 その原因(よいコピー)がなければ、この結果(ヒット)はなかった。しかし、その原因があれば必ず同じ結果になるかというと、そうではありません。

 それではヒットという結果につながる原因をたくさん用意してやれ、ということで、いわゆる4P(価格/性能/流通/販売促進)を考えたりするわけです。こうやって網羅的に考えることで、よい結果を期待できる確率は高まりますが、それでもなお、結果が保証されるわけではありません。

 原因と結果の間には、いったい何があるのか。

 「縁」である、という文章を仏教の解説書のなかに見つけました。まだ十分に理解していませんが、とても分かりやすい解釈でハッとしたので、簡単にまとめてみます。

 因縁という言葉の「因」は、いままで述べてきた原因にあたります。分析で特定できるような、直接的な原因です。それ以外に「縁」という間接的な原因があって、ある結果は因と縁がセットになって初めて生じます。

 となると今度は、望ましい結果を得るために「縁」というものをどうやって用意するか、ということに興味が向かいます。しかしこれは定義矛盾になってしまいます。人為的に用意できない原因があるからこそ、「縁」という概念があるわけです。

 「縁」はある種の偶然ですから、いつ降りてくるか分かりません。しかも間接的な原因ですから、縁があっても因がなければ、結果には結びつきません。

 よい結果を出すために、できるだけの原因を揃えておいて「ご縁」を待つ。「人事を尽くして天命を待つ」というのは、そういうことなのでしょう。

偶然(縁)が結果を左右している事実を直視する

 『自滅する企業 エクセレント・カンパニーを蝕む7つの習慣病』という本は、成功した企業が変化に適応できず滅んでいくメカニズムを追っている本です。個人における生活習慣病のごとく、自滅に至る企業が罹りがちな7つの習慣病が挙げられています。

 その第一は「現実否認症」。トレンドの変化など観察可能な事実から目を背けてしまう病気で、それは成功の原因をすべて自分に帰するところから始まるようです。

 私が調査した多くの企業では、底辺から出発したことを忘れ去り、自らの偉大さを神話化するようになると、現実否認が進行しはじめるようだ。偶然成功した企 業がどれほど多いことか、また、尊敬されている企業の中にも、幸運にもタイミングよく成功する場所にいた企業がどれほど多いことか。そう考えると、現実否認に陥る傾向は非常に印象的(そして滑稽)である。

 売れない俳優やミュージシャンと同じで、そういう会社は幸運にも「発掘された」のだ――タレントスカウトにではなく、たった一人の重要な顧客によって。実際、たいていの場合、企業を成功に導くのは一部の顧客であり、しかも顧客のほうがその会社を見つけ出すことが多い。(p48)

 山田真哉氏は、ミリオンセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を謙虚にも「偶然の産物」と述べています。もちろん売れるだけの内容と仕掛けを込めた(「原因」を揃えた)という自負はお持ちでしょうが、ミリオンセラーという「結果」については、社会的背景という「偶然(縁)」の助けがあったことを指摘しています。

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』についても、その発売がもう1年早くても、あと1年遅くても、ミリオンセラーという同じ結果にはなっていないと思います。

 なぜなら、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』のヒットの裏には、発売された2005年当時、ライブドアのニッポン放送買収騒動など、会計が関係する経済 ニュースが巷にあふれていたという社会的背景があったからです。もちろん、本の出版時期は計算されたものではないので、まさに偶然の産物です。(p221)

『 「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い』

 今の自分をここまで運んでくれた数々の「偶然」を忘れてはいけません。ある結果には必ず偶然(縁)が作用していると考えるならば、一度成功した仕事でも2回目には失敗するかもしれません。

●偶然は必ず起きる。偶然に備え、訪れた偶然を活かす

 ちょっと逆説的ですが、偶然は必ず起きます。偶然とは「いつ・誰に・どんなものが・どれくらい起きるかは分からないが、統計学的には必ず起きるイベント」です(絶対に起きないと分かっているのであれば、それは「起きないという必然」になるわけです!)。

 さらに「ある結果には必ず偶然(縁)が作用している」ならば、偶然は常に誰にでも大量に起きています。ただ、ふだん我々はそれをいちいち吟味していません。偶然を待ちかまえる、つまり「この偶然はうまく活かそう」「この偶然はやり過ごそう」というつもりで日々の出来事を観察するならば、自分を望ましい方向に転がしてくれる偶然は意外に頻繁に起きているかもしれません。

 そのためには「うまく活かそう」「やり過ごそう」という判断のスピードを上げる必要があります。判断のスピードを上げるためには、判断の基準を明らかにする必要があります。

 不確実性を減らすのもマネジャーの仕事だが、減らし切れない不確実性は常に存在する。それを受け止めたうえで、すこし時間を取って「組織としてのあるべき姿」「個人としてのありたい自分」を考えてみることで、逆に判断のスピードが高まるのではないでしょうか。