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042 内なる操作主義とたたかう

 昨年上梓した書籍『クリエイティブ・チョイス』をテーマにお話しさせていただく機会を得ました。その中で「組織における創造的な選択」というトピックを扱いました。

 クリエイティブ・チョイス(創造的な選択)も、当コラムのテーマである「意志決定」の一部です。今回はそのときの議論を振り返りながら、部下の意志決定力向上を支えることについて考えてみたいと思います。

●「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜ける

 「組織における創造的な選択」というトピックでは、以下のような流れでお話ししました(1)

  • 供給過剰の時代、企業の競争力の源泉は創造性である
  • 創造性の源は個人であり、組織はその増幅装置である
  • 組織における創造的な選択は、ある個人がその人の「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜けたところに生まれる

  この部分について、参加者のおひとりから印象深い質問をいただきました。

「人材開発が仕事なので、いまの話をどう実践するかを考えている。どのようにして、一人ひとりを変えていったらよいのだろうか」

 自分は「変える」という言葉を使わないで考えるようにしている、というのがその場での回答でした。

 「我がこと」あるいは「当事者意識」「コミットメント」といった姿勢は、それが自発性の発露であるがゆえに、他人が操作することはできません。マネジャーは、いちど「人は自分が変わろうと思わない限り変わらない」という前提に立って部下との付き合い方を考えてみるべきだと思います。

 そんなことは分かっているよ、と言われる人は多いと思います。しかし、徹底的に、かつ現実的に、この前提に立って考えるのは、意外に難しいものです。自分がどれだけ操作主義的かは、会話に出てくる操作語をチェックしてみることで推し量れます。

●操作語をチェックする

 「操作語」というのは造語です。「(他人に)〜させる・せる」という使役の言葉と、「(他人を)変える・高める」といった操作の言葉の総称です。

 部下に「深く考えさせたい」「思考力を高めたい」といった言葉は操作語です。言葉尻の問題のように思われるかもしれませんが、われわれは言葉で考えますから、言葉の使い方に注意を向けるだけで発想が変わってきます。次に示す例は、人材開発部門の人との対話です。

「研修の目的は何ですか」
「社員の思考力を高めることです。あれ、『高める』は操作語ですね。社員の思考力が高まることです、かな」
「研修で『社員の思考力が高まる』ものですか」
「それは受けさせて成果を測定してみれば……」
「『受けさせて』は操作語ですよ」
「そうですね。『受けてもらって』では同じかな、『受けた後に』?」
「研修を『受けさせる』ことなしに、皆さんは研修を『受ける』ものでしょうか?」
「……どうでしょう、手を挙げさせるようにすれば、あ、『挙げさせる』も操作語ですね(笑)」

 操作語をていねいに排して考えると、こちらからできるのは、

  • 相手に期待を表明して、あるいは問いかけをして、
  • 相手の自発的な言動をとらえて、
  • それに反応する

くらいになります。関係性によっては、期待を表明するだけで相手を操作できますので、1番目には注意が必要です。

 こちらからの働きかけがほとんどできなくなることに不安を感じるとしたら、それだけ統制的なアプローチであるという気づきにつながると思います。

 実際には、時間の関係でこのような回りくどいアプローチは難しいケースもあるかもしれません。しかしこのエクササイズの実践によって、統制的な環境においても、相手が自発性を持って行動する余地を作り出すことは常に可能であることが分かります。

●隠れた操作主義に注意

 「考えさせたい」が操作語というなら、「考えることを促したい・支援したい」であればOKなのでしょうか。

 これらの言葉は相手の自主性を尊重しているようですし、実際そうであるケースも多いでしょう。しかし、促し方によっては操作主義的になりえます。たとえば「深く考えることを促す」ために、報告書のフォーマットを決めたマネジャーがいました。理由を尋ねると「こうすれば、いやでも失敗の原因と対策について考えてくれますからね」とのこと。

 このマネジャーがもし考えることを促したいのであれば、フォーマット自体を考えてもらうこともできたでしょう。もう一段さかのぼって報告書の質を高めるためにできることを考えてもらうことも、できたでしょう。

 もちろんこういった選択には「正解」がありません。誰が何をどれだけ考るかは、時間の制約や部下の能力・視線の高さのような変数によって加減されるべきものであり、そういった資源配分こそまさにマネジャーの仕事です。

 ところで、今の例で、より真剣に「自発性」に目を向けているマネジャーはどうするでしょうか。さらに一段前から、つまり「報告書はどうあるべきか、それに比べて現状はどうか」という、問題意識の種を問いかけるところから始めるのではないでしょうか。そこから「報告書は何のためにあるのか」という、さらなる本質的な議論が始まることを期待して。


(1) 堀内 浩二 『クリエイティブ・チョイス ― 必ず最善の答えが見つかる』(日本実業出版社、2009年)