HOME > 読み物 > 大事なことの決め方・伝え方 > 110 ポアソンの習慣

110 ポアソンの習慣

● ポアソンの習慣

19世紀の初頭に活躍し、現在も多くの現象や公式にその名前が冠せられている科学者、シメオン・ドニ・ポアソン(Wikipedia)。彼の驚異的な活躍の秘訣は『一冊のノートと、ささやかな習慣』だった。そう語る、面白い文章に出合いました。

 ポアソンは興味深いと思う問題に出くわすたびに、その楽しみにふけりたくなる衝動に抵抗した。そして代わりにノートを取り出し、その問題を書き留めると、中断が入る前に夢中だった問題にさっさと注意を戻した。手元の問題が片付くと、そのたびにノートに走り書きされた問題のリストを眺めまわし、最も興味深いと思ったものを次の課題として選び出す。

 ポアソンのささやかな秘訣とは、生涯にわたって注意深く優先順位をつけることだったのだ。

アルバート=ラズロ・バラバシ『バースト! 人間行動を支配するパターン』(NHK出版、2012年)

実は、数年前からこの話を探していました。というのはこれに酷似した話をネットのどこかで読んだからです。その主人公は熟練のプログラマーでしたが、もしかしたらポアソンのこのエピソードの翻案だったのかもしれません。最近のライフハックのテクニックと比べると素朴な方法ですが、注意のマネジメント手法としてみれば、根源的には同じことをやっています。ポアソン分布・ポアソン方程式・ポアソンの法則など多くの業績を挙げたポアソンに敬意を表して、以下このやり方を「ポアソンの習慣」と呼ぶことにします。

●「ポアソンの習慣力」をマスターする

注意がそれるたびに、元の道に戻す。この、言うなれば「ポアソンの習慣力」のトレーニングを意識の微細なレベルで行うのが、いわゆる「気づきの瞑想」です。ラリー・ローゼンバーグは、その本質を次のような簡潔なコツにまとめてくれています。

  1. できれば、一度にひとつのことしかしないこと。
  2. 自分がしていることに充分な注意を払うこと
  3. していることから心がふらふら離れていったら、心を連れ戻すこと
  4. 第三ステップを何万回、何億回と繰り返すこと
  5. 気が散ってしまうプロセスを調べること

気づきの修行のコツ*ListFreak

今・ここに注意を向け続けるべき理由やその手法については、当コラムでも『「今・ここ」にいられない症候群』などで触れていますので、もしご興味があればお目通しください。

● ジャネットの支援

ポアソンのエピソードを教えてくれた『バースト!』は構成の複雑さ、内容の広範さ、探究的思索の深さ、どの観点からみても労作です。同書によれば、著者のバラバシは「ノートルダム大学コンピューターサイエンス&エンジニアリング特認教授、ノースイースタン大学物理学・生物学・およびコンピューター&情報科学特別教授、同校で複雑ネットワーク研究センター長を務め、またハーヴァード大学医学部講師も務めている」という、見るからに忙しそうな肩書きです。これだけの仕事をこなしながら一般向けの本が書けるということは、バラバシもきっと「ポアソンの習慣」を身につけていることでしょう。

その彼をもってしても、この本をまとめ上げるために4年間かかったそうです。その苦労ぶりが忍ばれる、謝辞の最後の段落をお読みください。

 この本に取り組んでいた四年の間には、さまざまなことが起こった。私はふたりのすばらしい子供を授かり、四回も転居し、仕事を変え、そしてようやくプロジェクトの最終段階に来たところで、自転車の事故で手首を骨折した。そのたびに、もう断念して生活に集中しようと言い訳したくなったものである。それでもなんとか書き続けられたのは、パートナーであり妻である、ジャネットの理解があったおかげだ。(略)

大きなイベントが起きて、執筆をあきらめたくなる。著者はそのたびに、ジャネットの助けを借りて注意を執筆へと向け直すことができました。本の謝辞にはこういうくだりがよく登場しますよね。対象は家族であったり編集者であったりさまざまですが。このような、長期間にわたる注意のマネジメントを助けてくれる人(あるいは仕組み)を、「ポアソンの習慣」にならって「ジャネットの支援」と名づけてみます。

大きな成果は、「ポアソンの習慣」と「ジャネットの支援」、つまり短期と長期の注意のマネジメントの両方が整ったときに生み出される。著者の体験はそれを教えてくれているように感じました。