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120 二つは一つ(二分法的思考から抜け出す)

 ● 思考か感情か、ではなく、思考の単純形として感情を位置づける

著名な科学者であるマービン・ミンスキーは、著書『エモーション・マシーン』についてのインタビューの中で、思考と感情という二分法自体に問題があると指摘し、さらに次のように敷衍しています。(1) (2)

ちなみに私に言わせれば、何にせよ世界や物事を二つに分けようとする試みは、大きな間違いです。そうすると、全てを「これ」か「あれ」であると言わなければならず、両者の間に位置するものに対して、橋をかけられない。

思考対感情ではなく、思考という複雑な営みの中の比較的原始的なメカニズムが感情なのだと理解する方が正しい。短いインタビュー記事をさらに意訳したので『エモーション・マシーン』のメッセージとは違っているかもしれませんが、そのように理解しました。

二つに分けることの功罪を考える肴として、リーダーとフォロワー(リードする人とされる人)という二分法を考えてみます。よく職場で生じる次のような問題は、そもそもリーダーとフォロワーという概念があるから発生してくるのではないでしょうか。

  • コミュニケーションに偏りが生じる。フォロワーは報連相(リーダーへの報告・連絡・相談)を徹底させられる。日報のように頻度や形式まで指定されることがある。一方リーダーは「ビジョンを語る」「方向性を示す」といった抽象的・一方な伝達でよしとされがちである。
  • 相手の仕事はしなくてよいと考える一方で、相手に過剰な期待を持つようになる。
    フォロワーはビジョンを語ることをリーダーに任せてDoer(作業をこなすだけの人)に徹する一方で、リーダーには超人的なリーダーシップを求める。期待が過剰だったことに気づくのは、自分がリーダーになってみてからのことである。
    リーダーは現場で生じている細かい問題から目を背ける一方で、フォロワーには思考力や問題解決力が足りないと嘆く。自分がフォロワーだったときにどうだったかは忘れている。

● 「二つに一つ」ではなく、「二つは一つ」と考えてみる

ここで「世界や物事を二つに分けようとする試みは、大きな間違い」というミンスキーの言葉を借りて、二分法を疑うためのテンプレートを作ってみます。

「○○をAとBの二つに分けるのは間違い」

冒頭の例で言えば

「物事を理解するやり方を思考と感情の二つに分けるのは間違い」

ということです。

このテンプレートをリーダー対フォロワーに当てはめてみます。

「組織の構成員をリーダーとフォロワーの二つに分けるのは間違い」

両者とも同じ組織の構成員であり、したがって同じ目的を共有している仲間です。もし組織を二分することで問題が発生しているのであれば、その境をなくしてみたらどうなるでしょうか。リーダーとフォロワーが別れていない組織を想像してみます。

  • リーダーに固有の仕事を解体し、全員に等しく割り振る
  • したがって全員がビジョンを語る
  • 全員が互いに同じ報連相のスタイル(頻度や内容)を持つ
  • 相対取引による仕事の交換を可能にする(適材適所が自発的に起きるための工夫)
  • 「この仕事はまとまってやった方がいい」という判断を同じくする人は集まってグループを作る。必要であれば、その中からリーダーを選出する
  • 人を集めて仕事をしたいと願う人は、人を集める。実際に集まってくれる人がいれば、集めた人は自動的にリーダーである

かなりアグレッシブな組織のように思えますが、書きながらゴアテックスで有名なゴアという組織の事例が頭に浮かんできました。『経営の未来』から引用します。この組織には職位も肩書きもありませんが、社員の約10パーセントは「リーダー」を名乗っています。(3)

「我々は足で投票するんだ」と、ゴアの(略)リッチ・バッキンガムは語る。「あなたが会議を招集したとして、人びとが底に集まってきたら、あなたはリーダーということになる」グループの責任者を務めてくれと繰り返し頼まれている人は、名刺に自由に「リーダー」という呼称を記すことができる。

われわれは思考と感情、リーダーとフォロワーという二分法にあまりにも深くなじんでいるので、そもそも何を分類した結果だったのかも忘れてしまうことがあります。「○○をAとBの二つに分けるのは間違い」テンプレートを埋めることで、分けようとしていた全体は何だったのか、そもそも分ける必要はあるのかといったことに考えを向けられそうです。


(1) 『エモーション・マシーン』は、『ミンスキー博士の脳の探検 ―常識・感情・自己とは―』(共立出版、2009年)という題で訳出されている。

(2) ミンスキーのインタビューは『知の逆転』(NHK出版、2012年)からの引用です。

(3) ゲイリー・ハメル 『経営の未来』(日本経済新聞出版社、2008年)