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134 能力(アビリティ)と実現力(ケイパビリティ)

● 組織の能力は資源+プロセス+優先事項

ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を執るクレイトン・M・クリステンセン教授は、講義の最終日に、教えてきた経営理論を自分の人生にあてはめて考えさせているそうです。

その講義が本になりました。『(企業経営の)理論の助けを借りることで、より的確に自分の人生を検証し、改善することができる』という著者の信念を反映して『人生をどう測るか?』(邦題『イノベーション・オブ・ライフ』)と題されています。

モチベーション理論から経営戦略に至るまで、おそらくは講義の中で教えてきた理論を縦横に紹介し、それが個人の人生にどう役立ち得るかを解説しています。

その中に、能力についての章がありました。教授はまず企業の能力(できること、できないことを決定する要因)を「資源」「プロセス」「優先事項」の3つに分類します。

  • 【資源】 人材・設備・技術・製品設計・ブランド・情報・資金・取引先との関係など
  • 【プロセス】 資源を、さらに価値の高い製品・サービスにつくりかえる方法。製品開発・製造・市場調査・予算策定・従業員の能力開発・報酬決定・資源配分など
  • 【優先事項】 企業の意思決定方法を定め、企業が何に投資すべきかについて指針を与える。どんな階層の従業員も、優先順位づけの決定を行う

企業の能力モデル(クリステンセン)*ListFreak

ここで能力と訳されているのは capability(ケイパビリティ) という言葉です。能力(ability、アビリティ)の類語の中では「成果を挙げられる能力」というニュアンスの強い言葉で、「実行力」、あるいは強めに訳して「実現力」という感じでしょうか。参考までに、資源・プロセス・優先事項はそれぞれ resources, processes, priorities です。

教授はこの枠組みを自分自身や家族(たとえば子ども)に当てはめてみようと提案します。

『わたしたち人間を、企業と同じように、資源とプロセス、優先事項の組み合わさったものと考えるのは、違和感があるかもしれない。だがこれは、わたしたちが人生で成し遂げられること、手の届かないことを知るための、洞察に満ちた方法なのだ。』

● 組織の能力モデルを個人に当てはめる

この枠組みを個人にあてはめるときには、さきほどのケイパビリティとアビリティの違いを意識する必要があります。

たとえば、社会人の能力を捉えるときに「知識・スキル・意欲」あるいは「知識・スキル・態度(Knowledge, Skill, Attitudeの頭文字を取ってKSA)」という、枠組みが使われます。これらはアビリティの話です。

ざっくり整理すれば、アビリティは個人に内在化された能力に注目しているという点でインプット視点であり、教授の枠組み(ケイパビリティ)は結果として残される成果を挙げるために必要な要素を考えるという点でアウトプット視点です。

まずは資源と知識を比べてみましょう。資源という言葉は「成果を出すために必要なものを持っているか/手に入れられるか?」という結果(アウトプット)の視点から生まれた言葉です。したがって知識だけでなく性格や人脈なども資源に含まれます。しかし「人の能力(アビリティ)とは何か?」という視点から考えると、生まれながらの資質(性格)や外部環境(人脈)は能力と呼べるのかという問題が生じます。そこで、能力といった場合、通常は知識のような後天的に内在化できる要素に限定します。

実社会では、生まれつき見栄えがいいとか、親の人脈に頼れるとか、さらには特定の人種であるとか、アビリティとは言いがたい要素が成果に影響を及ぼします。教授が『人間を、企業と同じように(略)考えるのは、違和感があるかもしれない』と言う、その違和感は、結果から考えるアプローチが個人のアビリティではどうしようもない、場合によっては政治的に正しいと言えない部分までをも、浮き彫りにするからかもしれません。

しかしそれでも、『これは、わたしたちが人生で成し遂げられること、手の届かないことを知るための、洞察に満ちた方法なのだ』という意見には賛成です。ケイパビリティを客観的に見つめてこそ、何のアビリティをどれだけ伸ばすべきかが見えてくるというものです。

プロセスとスキルは意味合いが近いので比較を省略し、優先事項と意欲について考えてみます。このペアも、ケイパビリティとアビリティの違いを感じさせてくれます。

成果をインプット側からとらえる(アビリティで考える)と、漏れが生じがちです。たとえば「意欲はあるのに集中力がなくて成果が出ない人もいる」という反論が出ます。

アウトプット側からとらえる(ケイパビリティで考える)とは、資源とプロセスが整ったならば、あとは重要なことに集中するという優先順位づけができればOKと考えることです。意欲はその判断基準を明らかにしたり粘り強く取り組むエネルギーを与えてくれたりするインプットの一つにすぎません。極端に言えば、優先順位づけが厳格な規律あるいは罰への恐怖によってもたらされるものでも、かまわないのです。
(実際には、長期的かつ一貫性のある優先順位づけを個人にもたらす源は、押しつけられた規律や罰への恐怖ではないことがわかっています。本書でも前半にその理論が紹介されています)

ここまでのまとめとして、組織でも個人でも使えるような、実現力(ケイパビリティ)の要素を再定義しておきます。

  • 【What】 成果を挙げるための資源
  • 【How】 資源から成果を産み出すプロセス
  • 【Why】 成果の定義と成果を挙げるための優先順位づけ

実現力(ケイパビリティ)の構成要素*ListFreak

What/How/Whyというキーワードは、原著から採りました。またWhyには「成果の定義」という言葉を加えています。個人の場合には、成果の定義は多様です。「生活を楽しむこと」が期待成果であるならば、「資源がなくても楽しく暮らす」というプロセスを磨く(それ自体も楽しむ)ことが実現力向上への一つの道です。

● まずは実現力、次に能力

対象が組織であれ個人であれ、能力開発の手順は次のようであるべきです。

0. 期待する成果を明らかにする
1. 自社(自分)の実現力を客観的に評価する
2. 開発すべき能力を特定する

振り返ってみると、1のステップは単純に辛いので、つい飛ばしがちであることに気づきます。能力を筆頭に、足りないものが見えすぎてしまうのです。教授はこのように述べています。

これらの能力(ケイパビリティ)を総合的に考えることは、企業に何ができるのかを、そしておそらくより重要なことに、何ができないのかを分析するうえで、欠かせない。

(カッコ及び太字は引用者による)