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022 恐怖のマネジメント

まぎらわしいタイトルですが、「恐怖政治」「恐怖によるマネジメント」ではありません。マネジャーは恐怖とどう向き合うべきかについて考えてみました。

●マネジャーの選択を左右する「恐怖」という要素

マネジャーが何かを選ぶ際には、おおまかにいえば以下のような手順を踏むことでしょう。

  • 目的にかなった手段(選択肢)を挙げて、
  • それぞれの選択肢のリスクとリターンをできるだけ客観的に評価して、
  • もっとも望ましいものを選ぶ

論理的ではありますが、現実的にはいくつか問題があります。そもそもこのようなていねいなプロセスを踏む時間がないというケースもあるでしょう。時間があったとしても、定量的な評価を試みるほど、多くの仮定を置かなければならないのが普通です。明瞭な見通しを出すために曖昧な情報を入れなければならないのは、なんとも皮肉な話です。

このような論理的なステップのメリットは、圧倒的に有利(不利)な選択肢が除けるところにあると思います。仮定のブレが影響しないほどに圧倒的な、よい(悪い)選択肢が見つかれば、われわれの選択は楽になります。

圧倒的によい選択肢があるケースは置いておきましょう。われわれが注目べきはそれ以外のケースです。明らかに不利な選択肢は除けたものの、トップ2か3の有力な選択肢から何を選ぶか。ここからの選択が悩ましいのです。

このとき、悩んでいるマネジャーの頭の中では何が起きているのか。何と戦っているのか。いろいろありましょうが、無視できない要素の一つが「恐怖」との戦いです。ビジネスでは、体を傷つけられたり命が脅かされるような恐怖はほとんど無いと思います。われわれが戦っているのは、精神的な恐怖です。行動経済学の研究が明らかにしているように、われわれは得よりも損に敏感です。選択の誤りを認めなければならないという恐怖、失敗したときに引き受けることになる責任の大きさなどを思うと、われわれが「恐くない」選択をしがちなのも理解できます。

●レイアード・ハミルトンに学ぶ

「サーフィン史上において最も優れたビッグウェイブサーファーのひとり」であるレイアード・ハミルトンのインタビュー記事を読みました(1)。以下、この記事に寄りかかりながら、圧倒的な恐怖を克服しているハミルトン氏に恐怖との付き合い方を学んでみたいと思います。

ハミルトン氏は、恐怖心は人類が生き延びるために必要な感情だが、恐怖に突き動かされるままに行動するだけでなく、それを乗り越えようとするところに成長や進歩があると言います。

恐怖心をコントロールするか、恐怖心にコントロールされるかで、結果には大きな違いが生まれる。恐怖心があったからこそ僕は進歩してきたんだし、サーフィンを通して学んできたのは、恐怖心を自分の味方につける術だった

ある人がどのように恐怖と向き合っているかは、究極の恐怖、つまり「死」にどのように向き合っているかで分かると、氏は語ります。

死んだらどうなるかなんて誰にもわからない。でもだからこそ、死をどういう風にとらえるかが、その人の恐怖に対する姿勢でもあると思うんだ。その人がもし、死とは終わりを意味すると考えていたら、恐怖とはその人にとって終わりを意味する。そして恐怖にとらわれたらそこで終わり。身体が動かなくなり、機能不全に陥ってしまう。恐怖にコントロールされてしまう。

「死をどういう風にとらえるか」というのは、「死生観を持つ」ということです(2)。経営者の方々が、しばしば「死生観」を語る理由が、ここにあるのではないでしょうか。個人としての死生観は、その人がどのように恐怖をマネジメントしているかという点において、仕事上の選択にも影響を及ぼしているのです。

個人的な心持ちが仕事に影響を及ぼすと書きました。逆も真なり、だと思います。つねに恐怖の少ない方を選択するのではなく、選択に伴う恐怖をどう乗り越えていくかを考えてみることによって、われわれの死生観もまた定まっていくのではないでしょうか。フランスの哲学者アランは、恐怖についてこう言っています(3)

 恐怖は勇気の素材である。


(1) 岡崎 友子「学ぶ波、悟る波」(Coyote (コヨーテ)No.36)、スイッチパブリッシング

(2) 田坂広志氏は『なぜ、働くのか―生死を見据えた「仕事の思想」』(PHP研究所)で、働くことの意味を考えるために死生観を持つ必要性について語っています。

(3) アラン 『定義集』(森 有正 訳、みすず書房)