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068 繰り返し語らうという意志決定スタイル

ひたすら対話に身を浸す、泊まりがけのイベント(1)に参加してきました。今回はそこから意志決定のヒントを抽出してみたいと思います。

※「対話」といっても多様な定義があります。ここでは、特定の帰結を期待しない、ひらたく言えば「語らいの場をともにする」ような行為を指しています。定義論に陥るのを避けるために、以降は「対話」ではなく「語らう」という言葉を使います。

●「前に決めたよね」を理由にしない

たとえば、1ヶ月後のイベントに向けて、毎週1回ずつ4回の会議をする機会があると仮定します。

通常は、第1回で大まかな構成と役割分担を決め、第2回でたたき台を用意して……といったように、決めごとを積み上げていって本番にいたります。第1回で決めたことの上に立たなければ、第2回でより詳細に踏み込んでいくことはできません。毎回「ここまでは合意済み」というリストを積み上げていかなければ、前回までは何だったのかということになってしまいます。

第3回くらいになって、誰かが「最初の『市場分析の結果報告』は、後のほうがいいんじゃないか?」などと言っても、それは通りません。おそらくこんなことを言われるでしょう:

「いや全体構成は第1回で決めたよね。議事録に残してあるとおり」
「私のパートは市場分析の報告がされていることを前提に作っているので、いまさら困ります」

わたし自身そのような仕事の進め方に慣れています。ですので、今回参加したイベントのファシリテータチームが、設計ミーティングのたびにゼロから構成を作り直してきたことを知り、驚きました。第1回で語り合い、何らかの合意に達し、それにもとづいてそれぞれのパーツを準備したとしても、第2回ではもう一度ゼロから設計してみるというのです。第3回以降も同様。「『前に決めたよね』を理由にしない」。ファシリテータのお一人である嘉村賢州さんはそう語っていました。

これでは積み上げが効かない、一向に完成度が上がらない……と思いきや、必ずしもそうではないようです。同じメンバーで同じテーマについて繰り返し語り合うなかで、その都度浮かび上がってくるものもあるし、最初は話題になったのに流れて消えるものもある。そのようにして、より目的に沿った構成ができてくるというのです。

この手法の優れた点は、第1回を終えてから各人が、意識的にせよ無意識的にせよ、あれこれ温めてきた考えを取り込めることです。先ほどの例でいえば、第3回になって構成を変えようという思いつきには、それなりの背景があるはずです。参加者に何人か会ってみたとか、状況が変わったとか。それをつかまえて掘り下げることなく「思いつきにすぎないから」「もう決めたことから」といった理由で潰してしまうのは、大事なものを逃してしまうように思います。皆さんも、「決めたことだから」という理由づけが、よりよい成果へと向かう道の障害になってしまったご経験があるのではないでしょうか。

ここでマネジャーに問われているのは、一見すると「1ヶ月前の前提を崩さずに緻密な構成のイベントをめざすか、2週間前の発見にしたがって粗っぽいが目的にかなった構成のイベントをめざすか」という二者択一の選択のように思えます。しかし必ずしもそうではない、品質をあきらめる必要はないということも、発見でした。

語らいを重ねてイベントの意義や目的について深い合意に達したチームは、個々人が自律的に必要な作業を見出し、互助的に役割分担をしながら動くようになります。結果として、仕事の質やスピードが高まり得ます。設計チームの仕事ぶりがまさにそのようなものでした。実のところ、彼らはイベントが始まってからも、スキマ時間を見つけては小さな輪を作って繰り返し繰り返し語らいを続け、コンテンツを変え続けました。また参加者同士のワークのなかでも、短い時間ではありましたが、そういった貢献と依存のネットワークが立ち上がった瞬間を感じることができました。

一連の経験を通じて、語らいを「繰り返す」というフォーマットに強い力がひそんでいるように思いました。ワールド・カフェという形式の対話でも、同じテーマで3回ほど(続けざまに)語らうのがよくあるしつらえです。メンバーを変えて、また以前のメンバーに戻って、同じテーマでくり返し話していくなかで、その場にとって、あるいは個人個人にとって、意味のある言葉が浮かび上がってくることがあります。

●目的にフォーカスをする、決めることを減らす

この「語らいを繰り返す」アプローチには、いくつかのポイントがあるように思います。

まずは、目的に焦点を当て(続け)ること。設計チームは毎回あれをやろうかこれをやろうかという手段を話し合っていたのではなく、主催者と参加者にとってどういう場が望ましいのかという目的についての語らいに時間を割いたといいます。『目的が明確であるほど、手段から自由になれる』(2)ので、つくりたい場についてのイメージがしっかり共有できれば、準備に費やす時間が短くても目的を果たすシンプルでストレートな方法を見つけられるはずです。

そのうえで、決めごとを減らすこと。先述の嘉村さんは「ほんとうに決めなければならないことは、そんなに多くないはずだ」という信条を持って設計に臨んでいるとうかがい、これにも感銘を受けました。

イベント企画の例でいえば、決めごとを重ねていくアプローチでは、構成を決め、分担を決め、時間配分を決め、トランジション(構成要素間のつなぎ方)を決め……となるでしょう。しかし実際には、イベントはそのように企画・実施されなければならないという決まりはありません。

今回、設計チームが直前まで内容を決めずにいられた背景には、なるべく事前準備に依存しない、いい意味で「出たとこ勝負」ができる内容にしようという暗黙の合意があったと思います。

たとえば「設計チームは、外部の講演者を用意する代わりに参加者にスピーチをさせた」と言えば、「なんだ、それでいいんだったらたしかに楽だよな」と思うかもしれません。しかしそれは、因果関係をとらえそこなっています。「その場でできる内容だったから事前に決めずにすんだ」のではなく、「事前に決めずにすませるためにはどうすればよいかを考え抜いた結果、その場でできる内容を選んだ」のです。

目的や意味の共有にしっかり時間をかける。そのために、語らいを繰り返す。その時間を確保するために、自らの決めごとに自ら縛られないようにする。手段を決めないというのは居心地の悪い状態ですが、目的に目を向け続けるためには有効なアプローチです。

われわれの仕事でも、仮に「いかに事前の決めごとを減らせるか?」という観点で考えてみたら、どのような進め方がありえるでしょうか。「決めずにすむことは、できるだけ決めないでおく」と決めることによって、どのような自由が手にはいるでしょうか。


(1) 第三回講師サミット 〜「学ぶ」イベントから「深まる」場へ〜 (2011/5/7〜8)

(2) 堀内 浩二 『クリエイティブ・チョイス』 (日本実業出版社、2009年)