051 自発性の源

●A社の自主活動の秘密

ある大企業(以下A社とします)で、有志が集まって全社的な問題について話し合いを重ねたそうです。ここだけ聞くとよくある社内勉強会のように思えますが、ただの勉強会ではありません。

「部署・職位・社歴の違いを越えた有志が」「会社の休日に」「全国から」「旅費自己負担で」「毎月」集まる、純粋に自発的な集まりだったというのです。

これは、実際にA社の有志として活動されていた方から直接聞いた話です。実はここ数年来、A社には定期的に研修をしています。よくいえば紳士的、ややもすると受動的な方が多い社風だと思っていただけに、びっくりしました。加えて、今年わが社は偶然にも「自発性」をテーマに据えた人材開発プログラムを何本か手がけています(A社向けではありませんが)。いきおい、強い興味を持って話の続きを聞きました。

その活動のきっかけは、不景気をしのぐための会社の措置にありました。毎月特定の日を、無給の休日としたのです。「会社の休日」に集まったと書きましたが、それは無給休暇の日だったのです(正しい用語があるのかもしれませんが、以下便宜的に無給休暇と書きます)。本来ならば出勤して給料をもらえるはずの日に、全国から自己負担で集まり、会社をよくするために何ができるかを話し合ったのです。その日はオフィスも閉鎖されますから、場所も自分たちで確保しなければならなかったとのことでした。

A社の業績は突然悪化したのではありません。数年前から赤字決算を発表していました。研修で接する社員の人々も、何とかしなければという意識がなかったとは思いません。しかし、会社が無給休暇という措置に踏み切ったのを受けて初めて、問題の深刻さを実感したのだと思います。危機感が、社員の自発的な活動を引き出すきっかけになるのだと実感するストーリーでした。

●自発性の三つの条件

かといって、自発性を高めることを目的にして部下に危機感を与えてみようか、と考えるのは単純に過ぎます。A社が危機感だけをあおれば、社員が休日に行うのはボランティアでの問題解決ではなく、転職活動になるでしょう。まして「危機意識を持って、無給休暇の日には自発的に集まって打開策を考えてほしい」なんて指示を出したら、それがどれほど自発性を下げてしまうかは火を見るより明らかです。

米ロチェスター大学のエドワード・デシ教授は内発的動機付け、つまり自発性のみなもとについて、自律性・有能感・関係性への欲求をあげています。

  • 自律性への欲求(the need for autonomy) ― 自分自身の選択で行動していると感じたい
  • 有能さへの欲求(the need for competence) ― 環境と効果的にかかわり、有能感を感じたい
  • 関係性への欲求(the need for relatedness) ― 他者とつながりをもち、かかわりあっていきたい

自発性(内発的動機づけ)のみなもと*ListFreak

A社のケースも、会社の危機はたしかに大きなきっかけですが、危機感がつねに自発的な行動をもたらすわけではありません。

たとえば会社からの統制がなかった(意図的に統制しなかったのではなく、単に無為無策だったのかもしれませんが)から、「自分たちでできることを探そう」という自律性への欲求が生まれた。

たとえばA社の社員だという自尊心から、「自分たちならこの状況を変えるために何かができるはず」という有能さへの欲求が生まれた。

たとえば組織への愛着から、「この会社で今の仲間と一緒にやっていきたい」という関係性への欲求が生まれた。

そのような背景があったのだと思います。

マネジャーの意志決定は、多くの場合「指示」というかたちで部下の行動を統制します。組織という統制的な環境下にあって、個人の自発性をどのように支えられるかはすべてのマネジャーにとって大きなテーマですので、引き続き考えて続けていきたいと思います。

ちなみに、A社の無給休暇は1年ほど続き、めでたく取りやめになりました。しかしその後も、有志は自発的に集まり続けたそうです。平日の夜などに時間を決めて集まり、経営層への提言をまとめるまで活動は続いたそうです。会社の会議室などが使えるようになったので、だいぶ楽になったと笑っていました。