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067 Googleの「心内検索」トレーニング

検索サービス大手Googleの古参社員である Chade-Meng Tan による「Googleにおける日々の思いやり」という講演の動画を見ました(1)

Tan氏は、自らが感情知能を高める社内トレーニングを開発・実施するにいたったストーリーを語っていました。その名も”Search Inside Yourself”(自分の中を検索する)という気の利いた名前のトレーニングです。

Chade-Meng Tan: Everyday compassion at Google | TED Talk

当コラムでは意志決定における感情の役割について何回か考えてきました(2)。その観点からすると、GoogleにおけるTan氏の試みはとても先進的なものです。彼が講演で語っている、トレーニングのステップを翻訳・引用します(3)

  1. 【注意力】― 注意(attention)は、高次な認知的・感情的能力すべての基礎である。したがって感情知能のトレーニングは、注意力の訓練から開始される必要がある。注意力の訓練は、感情知能の基盤となる、穏やかで澄んだ心をつくり出すことを目的としている。
  2. 【自己知識と自制】― 第1ステップで得られた高い注意力によって、我々の認知・感情プロセスを微細に知覚することができる。はっきりと、客観的に、第三者の視点から、我々の思考や感情の流れを観察できるのである。
  3. 【精神的な習慣】― 誰であれ、人と会った瞬間に「あなたが幸せでありますように」という考えが無意識に浮かんでくると想像してほしい。このような習慣を獲得すれば、仕事の何もかもが変わる。なぜなら、こういった善意は意識下で他者に伝わり、信頼を産み、よい人間関係をつくり出すからである。それは職場に思いやりをもたらす条件でもある。

感情知能を高めるGoogleの社内研修”Search Inside Yourself”の3ステップ*ListFreak

 注意力、自己観察、思いやりの習慣化。どこか東洋的なメニューだとお感じの方も多いと思います。実際、講演の他の部分を聞けば、Tan氏が原始仏教の思想や瞑想の技術などを多く取り入れていることが分かります。タイトルの”compassion”という言葉は仏教の「慈悲」(思いやり)そのものです。

上記のステップのうち、第1ステップと第2ステップはマインドフルネスという心のあり方をめざしたものです。感情知能を高めるためにマインドフルネスを取り入れようという流れが、ここ数年ではっきりと見えてきています。たとえばダニエル・ゴールマンとの共著もあるリチャード・ボヤツィス教授の『実践EQ 人と組織を活かす鉄則』。以下は、ジョンという名の、ビジネスでもボランティア活動でも活躍している人の活動ぶりを紹介し、その活躍を彼のある能力と関係づけているくだりです。Tan氏のトレーニングがめざしているものとよく似ていることが分かります(4)

 ジョンの一日の仕事量は、普通の人の一週間分に相当するだろう。どうしてそれほどの仕事量をこなせるのだろうか?一つ違いを述べるならば、彼の自己認識と、人とまわりの世界に対する洞察力とがずば抜けて鋭いことだろう。自分にとって何が重要でそれはなぜか、自分の信念と価値観をいかに貫いていくかがわかっている。他人と状況を非常にはっきりと見通し、自分とまわりで何が起きているかに気づく。ジョンは自分自身と、人々と、まわりの状況について、目覚め、意識し、積極的に気づかう。そして彼は、自分が見たものを活用するのだ。

 これを私たちは「意識の傾注」と呼ぶ。(略)

ここで「意識の傾注」と訳されている言葉は、原著では mindfulness、つまりマインドフルネス です。「ジョンは自分自身と、人々と、まわりの状況について、目覚め、意識し、積極的に気づかう」(John is awake, aware, and actively attentive to himself, people, and situations)という1文に含まれる3つの行動は、ほぼ、Tan氏が定義したトレーニングの3ステップにそれぞれ相当しています。

この類似は、感情知能を鍛えるための枠組みが徐々にできあがってきていることを示唆しているように思えます。「論理的思考」や「問題解決」の研修というと定番の流れがあるように、「感情知能」を高めるための方策も定式化されてくるかもしれません。


(1) Chade-Meng Tan, “Everyday compassion at Google“, TED.com。本文中の邦題は著者が独自に訳したものです。

(2) 『論理的な意志決定の支援者としての「感情」』 他多数。詳しくはコラムの一覧を参照。

(3) (1)の講演の11分過ぎ。

(4) リチャード・ボヤツィス 他 『実践EQ 人と組織を活かす鉄則―「共鳴」で高業績チームをつくる』 (日本経済新聞社、2006年)