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043 「部下のため」に「自分のため」を語れ

● 「あなたのため」に「私のため」を語れ

 マネジャーの意志決定という作業の中には、日頃からの部下との関係構築が含まれます。部下の共感を得る方法に王道はなく、誰もが自分なりのスタイルを模索しています。

 コンサルタントの佐々木直彦は、自らの情報整理術を開陳した本で、共感を得るためには『「あなたのため」に「私のため」を語れ』と言っています(1)。今回はこの言葉を肴に、マネジャーと部下のコミュニケーションスタイルについて考えてみます。

 相手のこころを動かしたいからといって、相手のメリットばかりを強調するのは逆効果だということをご存じでしょうか。これは多くの人がはまりやすい「伝達の罠」です。


 一例を挙げます。新マネジャーAさんは、献身的なまでに部下の自発性をサポートする姿勢を打ち出しました。

「キミのやりたいことを、やりたいようにやっていいよ。オレができる限り壁になるからさ」というスタイルです。Aさんはその理由をこのように言います。

「自分が若い頃、さんざん上司に押さえつけられましたからね。そういうマネジャーには絶対ならないようにしたい、と思っていたんです」

 しかし、部下の眼にはどう映るでしょうか。マネジャーのAさんが組織と個人の間に生じるすべての軋轢の緩衝材になって、部下の自分は個人の目的を追求する。そんなモデルに持続性があるようにはとても思えません。Aさん自身のメリットが見えないので、薄気味悪く思うかもしれません。佐々木氏は「自分の本音をさりげなく相手に伝えることには、相手に安心感を与える効果がある」と言っています。

● 「私のため」だけでは共感は得られない

 Aさんと時を同じくしてマネジャーになったBさんは、自分の事情もさらけ出し、部下と同じ高さに立つスタイルを選択しました。

「ぶっちゃけ、マネジャーの評定ってこうなってんのよ。オレもクビになりたくないからさ、悪いけどここは踏ん張ってくれないかな」というスタイルです。彼はこう言います。

「どうせ同じ会社の歯車なわけだし、マネジャーだからって偉そうにしたくないんですよね」

 Bさんは、部下の眼にはどう映るでしょうか。Aさんよりは分かりやすい上司です。部下も「どうせ組織の歯車」的な仕事観を持っているならば、共感も生まれるでしょう。しかしそうでない場合、部下がBさんに抱き得るのは共感というより同情に近い感情です。

● 「私のため」にひそむ、「私」を超えた何かへの共感

 組織の目的と個人の目的が100%合致しないことくらいは、部下も承知しています。さらにいえば、個人的な目的を超えて目的を共有することで、組織は社会に大きな価値を提供でき得るということも。だからAさんのように「あなたのため」だけを連呼されても、Bさんのように当人だけに閉じたような「私のため」だけをさらけ出されても、どこか共感しづらいのだと思います。

 「こういう話をすれば必ず共感が得られる」というやり方はないでしょうが、個人的には、マネジャーは部下にこんな「私のため」を語ってほしいと思います。。

  • マネジャー自身はどんな「組織対個人」の葛藤を感じているのか。自分自身のために、それをどう乗り越えているのか。
  • この組織を通じてどんな価値を誰に提供したいと思っているのか。
  • 仕事を通じて、どんな人間になりたいと思っているのか。
  • なぜ同業他社でなく、この組織で働いているのか。

 こういった仕事観や人生観を共有することは、自らの意志決定の基準を共有することにほかなりません。したがって、重要な意志決定に際してなぜ自分がその結論に至ったかを部下が理解するのを助けます。


(1) 佐々木 直彦 『時間をかけない! 情報整理術 〜 不況知らずのコンサルが実践している』(PHP研究所、2010年)