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063 直感に理由づけをしようとすると……

●人は自分の感情が生じる理由が分からない

もっとも有名な決断のロジックは、ベンジャミン・フランクリンの「精神的代数」ではないでしょうか(1)

私のやり方は、一枚の紙を線を引いて半分に分け、二つの欄を作り、片側に賛成の点を、反対側に反対の点を書き込むのです。それから三、四日考慮している間、いろいろな項目のもとに、さまざまなときに浮かぶ、そうした方が良いとか悪いとかいう種々の動因について、短い覚え書きを書きつけます。……おのおの[の理由]をこのように別々に比較して考慮し、全体をひと目で見渡せば、判断もより正しく下せ、早まった手段に走ることも少ないと思われます。

われわれが作る、いわゆる「プロコンリスト」(プラス面とマイナス面を列挙したリスト)の原型がここにあります。原型と書きましたが、やっていることは今もそれほど変わっていないのではないでしょうか。

一方、このような分析・熟慮を経ることで、かえって混乱してしまうというケースもあります。バージニア大学のティモシー・ウィルソン教授は、不動産の購入や転職といった重大な決断に際してプロコンリストを作成した人たちが、かえって混乱してしまった事例を紹介しています。自分は何を好ましいと感じているのか・それはなぜなのかが、分からなくなってしまうというのです。

教授はいくつかの実験を経て、それは「人は自分がなぜそう感じるのかが正確には分からない」からだという解釈を引き出しました。自分の感情が生じる理由が分からないのに分析を試みることで『ことばにしやすいもの、思い出しやすいもの、またどのように感じるべきかという考えに一致するものなど、誤ったデータにもとづいてストーリーを作り上げ』てしまうというのです(1)。熟慮のはずが、貧弱な情報にもとづく推論になってしまうということです。

●マネジャーの意志決定における直感の活かし方

「不動産の購入や転職は、当事者の満足が重要だから感情を重視するのはよい。しかしビジネスの決断は数字に基づいて行われるので、こういった話は関係ないのではないか」と思われるかもしれません。

たしかにビジネスの決断においては、まずは定量的な分析を行うべきでしょう。しかしマネジャーを悩ませる決断の多くは、定量分析では有利不利が判別しづらいものです。また必要な情報を得るための各種の資源(人・予算・時間など)も限定されています。

その制約のなかで分析を行い、ほぼ等価だったとしたら、サイコロを振って選んでもよいかといえば、そうではないはず。分析の対象として数値化・言語化できる変数は限定されており、プロコンリストに載せられなかった因子を含めた決断が必要になります。ウィルソン教授の言葉を借りれば「適応的無意識」の力を使った、ひらたく言えば直感の力を借りた決断が、必要になります(1)

要は、情報にもとづいた直感を生み出すのに十分なだけの情報を集め、そのようにして生じた直感をあまり分析しないことである。ある人が良き伴侶となるかどうかを知るためにはたくさんの情報が必要であり、それらの大半は適応的無意識によって処理される。重要なことは、あまりに慎重に、意識的に、そしてしょっちゅうプラス・マイナスのリストを書き上げるようなやり方で、情報を分析してはならないということである。

そう言われても……と感じるマネジャーは多いのではないでしょうか(わたしも不安を感じました)。わたしは自分の直感をどちらかといえば信頼できないものと位置づけていますし、たとえ信頼できたとしても、ビジネス上の決断の根拠が個人的な直感では、組織の中で合意形成を図るのは難しいでしょう。

ひとつ、ヒントになりそうな実験結果が紹介されていました。美術作品に触れて生じた感情と、そう感じるに至った理由の分析を被験者にしてもらった実験です。美術に関する知識が豊富な人のほうが、感情によく合致する理由を挙げる傾向があったそうです。知識(と、おそらく経験)は、直感を適切に理由づけられる力を与えてくれると解釈できるでしょう。

感情とその理由づけが一致しない場合には、われわれはつじつまが合うように感情の方を変化させてしまうこともある。これは、最初の感情はうつろってしまうという意味では、以前に「後知恵のバイアス」としてご紹介した心理的バイアスによく似ています。今回の知見を踏まえて『 「それ」を感じた瞬間に書きとめておく』で更新したリストを、また更新しておきましょう。

◆感情を意志決定に活かすための、経験データベースの育て方

1. どんな状況だったか、最初にどう「感じた」か?(最初の感情は移ろいやすいのでメモしておく)
2. なぜ、そのように感じたか?(知識が乏しければ精緻に分析しないほうがよい)
3. どんな選択肢があり、どう「考えて」どんな選択をしたか?
4. どんな結果になったか?
5. 選択と結果をどう評価するか?
6. 選択と結果についてどう「感じる」か?(経験データベースに刻み込む)


(1) ティモシー・ウィルソン 『自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学』(新曜社 、2005年)