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087 ゆるまって、ころがって、決まる

● パラフレーズ(言い換え)の力

言の葉、言の幹、言の根」というコラムを読んでくださったYさんと、ランチをする機会がありました。仕事上、いま大きな議論を呼んでいる社会問題の当事者たちにインタビューをするつもりなので、「話を聞く」というテーマにアンテナを向けているとのこと。

「言の葉、言の幹、言の根」のテーマは、メタファーでした。メタファーとは、わたしなりの定義では「思いや考えを、具体的なもの・ことに置き換えて表現すること」です。たとえば前の段落で「アンテナを向ける」と書きました。これは「情報を集めるために興味をある対象に集中させる」ことのメタファーです。

コラムの大意は次のようなものでした。

「話し手の意図を理解し、ひいては話し手が自ら考えを深めてくれることを願うならば、聞き手は話し手のメタファーを壊さないように配慮して、できれば育てるつもりで、質問しよう」。

たとえば情報収集力を高めたいと思っている話し手が「アンテナの感度を高めたい」というメタファーを使い、聞き手がそれを支援する立場ならば、それはどんなアンテナなのかをたずねることから始めよう、という感じです。ここで聞き手がいきなり「情報収集とは観察。『鳥の眼・虫の眼』って言ってね……」と言ったとしましょう。たしかに情報収集の話ですし、「鳥の眼・虫の眼」もきっとよい教えなのでしょう。しかし話し手からすれば、自分の考えを深める機会を与えられず、逆に聞き手のメタファーを読解することを強いられただけです。

徹底的に自己発見を期待するのであれば、常に相手のメタファーを使い、相手の世界に留まるこのようなやり方が望ましいかもしれません。しかしその他の場面では、聞き手が自分のメタファーをぶつけることで、話し手の発見がうながされることもあります。

Yさんは、聞き手が新しいメタファーを示すことで話し手の考えが深まる例として、アメリカの大学で学んだ「パラフレーズ(言い換え)」の経験を話してくれました。「紛争解決の実践」という科目で、他者の話を聞き、その内容を短い言葉で言い換えるというエクササイズがあったそうです。

話し手は自由に話す。聞き手は内容をまとめて、自分の言葉に言い換えて返す。これを繰り返せば、話し手は相手の言葉を鏡として使いながら、自分の考えをまとめたり、埋もれていた考えを発掘したりできそうです。

● いつ、自分の意見を示せばよいか

先の「鳥の眼・虫の眼」も、ケースによっては話し手が「なるほど、『アンテナの感度を高める』というより『いろんなレンズを持つ』と考えればいいのか!」と思ってくれるかもしれません。しかしケースによっては「なにかピンと来ない」「話が通じない」と思われるかもしれません。聞き手が専門家や目上の人だった場合は「自分の話し方や理解力に問題があるのかも……」と、自信を失ってしまうかもしれません。

その分かれ目はどこか。Yさんと別れてからあれこれ考えました。いろいろな因子がありえますが、とりわけ大きそうな因子として、聞く側の気持ちが開放的か閉鎖的か?という切り口をたてられそうです。

    ┏━━━━┯━━━━┓
聞 開┃    │    ┃
く 放┃ B○ │ A◎ ┃
側 的┃    │    ┃
の  ┠────┼────┨
気 閉┃    │    ┃
持 鎖┃ C△ │ D× ┃
ち 的┃    │    ┃
   ┗━━━━┷━━━━┛
     相手   自分  
   話す側が使うメタファー

A〜Dはそれぞれの領域の番号で、×〜◎は聞き手の発見の大きさをイメージしています。このコラムでは相談する人とされる人を念頭に置いて、話し手と聞き手という言葉を使っていますが、会話ですから話し手も「聞く側」に回りますし、聞き手も「話す側」に回ります。表の縦軸「聞く側の気持ち」は「話し手が聞く側に回ったときの気持ち」、横軸「話す側が使うメタファー」は「聞き手が話す側に回ったときに使うメタファー」という意味です(ややこしくてすみません……)

AとDの差は、自分のメタファーをぶつけるのは諸刃の剣であることを示しています。聞く側が開放的な気分で発見への意欲が高い状態なら、パラフレーズ(言い換え)を積極的に酌んでくれる(A)でしょう。しかし、閉鎖的な気分で気持ちが内側に向いている状態なら、ネガティブな効果を生む(D)だろう、ということです。

● ゆるまって、ころがって、決まる

いま、上司として部下の相談に乗り、最終的には何かの決断や行動を促すようなシーンを考えてみます。相談内容は、先ほどの「アンテナの感度を高めたい」(情報収集力を高めたい)としましょう。部下が行動を決めるまでには、大きく3つのフェーズを経るように思います。

1. 話がゆるまる(C → B)

スタート時点では、相手の気持ちは分かりません。Cにいると想定して、話し手(部下)のメタファーを使い、その世界観を理解するよう努めるべきでしょう。

「どんなアンテナ?」
「まあ、パラボラアンテナみたいな」
「どこについてるの?」
「いや、アンテナはもののたとえですから……あえて言えば頭の上ですかね(笑)」
「衛星放送のアンテナみたいなやつ?」
「というか、電話局のビルの上にあるみたいな……」

などという会話を経て、話し手はこんな発見をするかもしれません。

「そうか、自分は受信ばかりイメージしていた。携帯電話みたいに自分の現在位置を送信すれば、それに応じた情報が集まってくるのかも!」

2. 話がころがる(B → A)

そういった過程に付き合ってくれた聞き手(上司)に対して話し手がオープンな気持ちになった(B)とき、話し手は聞き手の言葉(聞き手の世界観の表現)を受け入れる(A)ことができます。これは話し手にとっては大きな転換です。

「受発信っていうと情報を聞いて集めるイメージだよね。私は、見て集めるイメージを持ってるんだ」
「といいますと?」
「『鳥の眼・虫の眼』って言ってね……」
「それもいいですね。いや、そっちのほうがいいですね!」

3. 話が決まる(A → B)

「結局、どんな感じでいく?」
「鳥の眼で見るというのは、高いところから見るということですよね……歴史の本を読むとかですかね」

ここで、話し手は聞き手が持ち込んだメタファーを自ら使って、情報収集力を高める方法を考えています。もちろんアンテナに戻るかもしれませんし、「聞く・見ると来れば、嗅ぐこともできそうですね」などと、話を膨らませるかもしれません。それは聞き手がコントロールすべきことではないでしょう。重要なのは、決断が当人によって、特に当人のメタファーによって、なされることです。

聞き手が恣意的に会話を「ゆるめて、ころがして、決めさせる」というよりは、話し手が自分のペースで話を運ぶのを待つというイメージのほうがしっくり来ましたので、「ゆるまる・ころがる・決まる」としました。