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093 毎朝、鏡を見るように

●心を映す鏡としての「鏡」

出勤時の朝、誰もが鏡で身だしなみを整えますが、
心の身だしなみは整えているでしょうか。

EI理論(EQ理論)の提唱者であるピーター・サロベイ教授の言葉とお聞きしました(1)

心の状態(以下、気持ち)は思考に影響を与えます。もし気持ちを映す鏡があり、われわれが気持ちを動かす術を会得したら、意志決定は大きく改善されることでしょう。

気持ちを映す鏡としてまず使えるのは、本物の「鏡」です。顔の表情には気分(持続的な感情の状態)や情動(短い時間に生じる強い感情の動き)が反映されます。われわれは自分の気持ちを常にモニターしているわけではないので、しばしば、表情を経由して初めて自分の気持ちに気づき、驚くことがあります。

たとえば携帯電話で話をしながら、ふと窓ガラスや鏡に映った自分の顔を見た経験はないでしょうか。その鏡像を第三者に見立てて意識的に観察するならば、自分が気づいていない気持ちを読み取ることができるかもしれません。

わたしはトレーニングのつもりでときどきデスクの上に鏡を置きます。そうすると、たまに発見がおとずれます。たとえば、やや込み入った案件の相談を受けつつ、ふと鏡に目をやる機会がありました。自分なりには真摯に答えているつもりでしたが、鏡の中の顔はどこか受けに回っているというか、面倒に思う気持ちが表情に現れているなあと気づいた経験があります。

そのような気持ちで話を聞いている限りは「どうやって断ろうか」という方向にばかり思考が向きます。しかし一度自分の気持ちに気づき、ポジティブとまではいかないまでもニュートラルなところにまで気持ちを動かすことができれば、この案件がもたらす可能性にも思考を広げることが容易になります。その結果、後から振り返ったときに後悔の少ない判断をくだせる可能性が高まります。

●心を映す鏡としての”Affect Grid”

心を映す鏡として、本物の「鏡」以外に何が使えるでしょうか。そのときの気持ちを言葉で表すこともできます。しかしこれはなかなか難しく、鏡を見るように簡単にできることではありません。また、気持ちの動きを過去と視覚的に比較することも困難です。

気持ちを二つの軸の組み合わせで表現できれば、グラフに点を打つようにしてチェックできます。気持ちのような複雑なものをたった二つの因子の組み合わせで表現するのは難問ですが、これまでの研究から快適度×覚醒度が妥当な因子として認められ、使われています。例えばラッセルらの”Affect Grid”は次のようなフォーマットになっています(2)。このくらいシンプルであれば、心を映す鏡として使えそうですね。

ストレス      高覚醒       興奮  
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不快┃ │ │ │ │ │ │ │ │ ┃快  
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  ┗━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┷━┛   
抑うつ       眠 気      リラックス

●気持ちに振り回されないために

感情知能を学ぶ研修では、実際にこのようなフォーマットを使って、一日の中で大きく気持ちが動いたときのことを振り返り、どこからどのように動いたかを語ったり文章に落とすワークをやってもらっています。

意志決定力を改善する観点からは、ただ気持ちの動きを追うだけでなく、そのときに考えたこと・決めたことを併せてメモしておくことが重要です。その結果、後追いではあっても、気持ちが自分の決定に影響を及ぼしていることが見えてきます。

気持ちの動きをモニタリングするこのエクササイズの目的は、一見すると、気持ちに動かされないようになることのように見えます。しかし実際には逆に、気持ちを動かすスキルを高めることが目的です。

気持ちが遮断できないものであるとすると、気持ちに動かされないようにするのは、もとより難しい挑戦です。上述したように、気持ちが特定の思考を促す効果を考えれば、「気持ちを適切に動かすことで、気持ちに振り回されないようにしよう」と考える方が効果的な戦略といえましょう。


(1) 『「心の身だしなみ」を整える』 – 高山直の「左の振り子」

(2) Russell, J. A., Weiss, A., & Mendelsohn, G. A. (1989). Affect grid: A single-item scale of pleasure and arousal. Journal of Personality and Social Psychology, 57, 493-502.