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151 小さな記録の大きな効果

【記録はダイエット効果を倍にする】

2008年、アメリカで1685人の被験者を対象にしたダイエットの実験が行われました。平均年齢は54.8歳、体重は96.5kg、平均BMIは34.3。全体の78.8%が肥満(BMI≧30)です。

被験者が参加したのは、食餌制限、運動、食餌記録、グループセッションなど様々な方法が組み合わされた20週間に及ぶプログラムです。その結果から、ダイエット手法の効果が被験者の属性(性別・人種)別に分析されました(その論文は全文[PDF]を参照することができます)。

なかでも注目を浴びたのが、記録の効果でした。USA TODAYは「フード・ダイアリー(食事日記)はダイエット効果を倍増させる」として紹介しています。

論文を読んでみると、シンプルに食べた・飲んだものを記録しただけのようです(もちろん実験の目的である体重も記録されています)。

記録のツールはここ数年で飛躍的に進歩しています。ブログなどの自由日記から、ダイエット・読書・運動など特定のテーマに特化したものへと広がっています。記録をSNSに投稿したり、仲間と競わせてくれたりします。記録という小さな行動の大きな力を実感している人も多いのではないでしょうか。

かくいうわたしも、趣味の水泳の記録をスマートフォンに取っています。話の種にするとき以外は人に見せることのないこの小さなグラフが、泳ぎ続ける励みになっています。

【記録はどのように機能するのか】

記録によるダイエットといえば、この実験に先立つ2007年にベストセラーとなった岡田 斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』を引かないわけにはいきません。著者自身は自身の経験を次のような段階にまとめています。

  1. 【助走】 食事と体重を記録する
  2. 【離陸】 記録にカロリーを加える
  3. 【上昇】 摂取カロリーを管理する
  4. 【巡航】 工夫をこらし、停滞期とたたかう
  5. 【再加速】 頭の欲望でなく体の欲求に応え、停滞期を突破する
  6. 【軌道到達】 ダイエットをやめてもやせている
  7. 【月面着陸】 ダイエットの効果を実感する

レコーディング・ダイエットのステップ*ListFreak

このレコーディングダイエットのステップを肴に、記録が目的を果たすメカニズムを追ってみたいと思います。

  1. 【助走】 楽に測れる項目を選び、記録を始める
    • 最初はあえて手段を目的化する、つまり記録自体が楽しい状態をつくります。どう測るかという観点からは、楽に測れるものがもちろん望ましいですよね。何を測るかという観点からは、インプット(自分でコントロール可能な要素)とアウトプット(直接はコントロールできない成果)の両方を取っておく必要があります。著者は日付・飲食物(インプット)と体重(アウトプット)のメモから始めました。
  2. 【離陸】 記録に、目的を果たす条件を加える
    • 記録という「手段」がどのようにダイエットという「目的」につながるのかを考えるには、あいだに「条件」をはさみます。
      目的:やせている
      条件:摂取カロリーがコントロールできている
      手段:食事の記録を取る
      食事の記録を取るだけでも、何を食べているのかに自覚的になるのでカロリーコントロールには有効でしょう。でも上記の関係を考えると、摂取カロリーを直接測ったほうがよさそうです。著者はこの段階でカロリーをメモに加えています。
  3. 【上昇】 記録を見ながら条件を満たしていく
    • <{include file=”db:`$mydirname`_inc_amazon.html” asin=’4062184451′}>記録 → カロリー制御 → 体重減のループが回りだし、成果を享受する段階です。ここは『習慣の力 The Power of Habit』が参考になります。
  4. 【巡航】 目的に近づけない停滞期とたたかう
    • 中だるみ、スランプ……「停滞期」との戦いです。著者はさまざまなダイエット法を試したり、測るものを変えてみたりしていましたが、あくまでも食事記録(手段) → 摂取カロリー制御(条件)という道筋にこだわっています。ある手段が効かなくなってきたならば、目的に立ち戻り、目的を果たす違う条件(消費カロリー制御)を満たす手段を模索するのもよいと思います。
  5. 【再加速】 目的の本質がわかる
    • ここが興味深いところでした。著者は「頭が食べたいと欲するのが欲望、体が食べたいと欲するのが欲求」と定義した上で、体の声を聞いて欲求に応えられるようになったと述べています。ここまで、「ダイエットとは摂取カロリー<消費カロリーの状態をつくること」が暗黙の定義であったように思いますが、この段階に至って「ダイエットとは頭の欲望でなく体の欲求に応えること」と再定義されているかのようです。
  6. 【軌道到達】 目的の状態になる
    • 体の声を聞いて欲求だけに応えられるようになったら、もはや記録は必要ではない……と著者は述べています。が、ここはどうなんでしょうね。一流の野球選手になったら素振りは、あるいは素振りの記録は必要ないといえるでしょうか。最低限、軌道を逸れていないかどうかをモニターする仕組みは必要なように思えます。
  7. 【月面着陸】 意味を振り返り、言葉にまとめる
    • 著者が定義したステップは前段までで、この【月面着陸】は終章として書かれています。しかし著者も事前に全ステップを見通していたわけではなく、成果を振り返ってこのステップをつくりました。同じように、記録がなぜ効いたのか(あるいは効かなかったのか)を自分の言葉にまとめておけば、記録を続ける動機になるでしょう。

【「ついでに目的が達成される」ような手段を探す】

……ここまで書いてネットを検索していたら、著者がリバウンドしてしまい、再挑戦中であることを知りました。記録を続けていたのにリバウンドしたということではないので、上記のステップの妥当性は維持されているとみなしたいと思います。

上記のようにステップを追いながら考えてみると、やはりどこか息苦しいというか、辛い感じは否めません。記録が、あくまで目的のための手段だからかもしれません。

最初の段階で「最初はあえて手段を目的化する、つまり記録自体が楽しい状態をつくります」と書きましたが、ここがほんとうに重要だと思います。食事の写真を淡々と、でもどこか愉しげに記録しているブログをたまに見かけます。写真を撮ることが趣味で、被写体がたまたま食事なのかもしれません。あのような感じでそれ自体が楽しみであるような記録の習慣をつくり、その副産物としてダイエット効果を期待する、ような設計ができるといいですね。

記録自体を楽しめるかどうか、どのように判断すればよいか。やはり上記のステップを読み直してみて、ひとつのアイディアが浮かびました。それは「アウトプットを記録しなくても楽しめそうか」と考えてみることです。上記の例でいえば、体重を量らずに食事記録だけを楽しめるかということです。体重減という報酬はもちろん記録を続ける動機になりますが、体重減だけが動機になってしまうと、停滞期を乗り切れなかったり、一定の達成を果たした後は止めてしまいたくなります。

実際には「楽しめそうか」と考えるだけでなく、やってみることでしょうね。やり散らかしてみて、実際に続いたものが好きなものです。そういった、自己目的化できる手段が見つかりさえすれば、その手段に目的を従属させることができます。たとえば、メモは苦手でも撮影は好きだという自分が発見できたならば、撮影という手段によってダイエットという副産物を得る道筋を考えるということです。

わたしにとってそういう手段があるかと振り返ってみると、箇条書きの記録はまさにそれ自体が楽しみです。今回引用した「レコーディングダイエットのステップ」も、ストーリーがあって、思わず収集してしまいます。そんなコンテンツの収集サイトである*ListFreakは趣味で作ったにもかかわらず、いまでは講義のスパイスとして本業になくてはならない情報源でもあります。逆に、それ自体が楽しみといえる試み以外は、たいがい企画倒れになっているなあと、あらためて感じます。