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064 無意識の力を借りて決断の満足度を高める

「無意識」というと反射的に「抑圧」「フロイト」という言葉を連想される方も多いと思います。ながく精神分析の領域で扱うものと見なされてきた無意識の研究は、近年心理学や神経科学の知見を集めつつ進展しているようです。米バージニア大学のティモシー・ウィルソン教授は、無意識のはたらきを次のようにまとめています。(1)

心は高次の洗練された思考を無意識に委ねることによって、最も効率的に働く。ちょうど現代のジャンボ旅客機が、人間という「意識的」パイロットの手をほとんどあるいはまったく借りずに、自動操縦で飛ぶことができるのに似ている。適応的無意識が果たしている任務は実に見事だ。洗練された効率的なやり方で世の中を評価し、危険に際しては警告を発し、目標を設定し、行為を始動する。

無意識については、大まかに言って2通りのアプローチがあるようです。一つは、そのメカニズムを解明しようという神経学的なアプローチ。もう一つ、無意識のメカニズムそのものはブラックボックスと見なし、刺激と応答を測定することでその働きを推しはかろうというアプローチもあります。機能的アプローチと呼べばよいでしょうか。このコラムのテーマである意志決定についても、興味深い実験が後者のアプローチからなされていました(2)

蘭アムステルダム大学のアプ・ダイクステルホイスとゼーゲル・フォン・オルデンは、被験者たちに5枚のポスターから好きなものを選び、持ち帰ってもらいました。彼らは次のようなグループに分けられていました:(1)ポスターを1分半眺め、選択の理由を書き出してじっくり考えてから選ぶ、(2)ポスターを眺めて直感で選ぶ、(3)まずポスターを眺めてから5分間の難しい言葉遊びを行い、それからまた眺めて選ぶ。

その一ヶ月後、「選んだポスターをいくらなら手放すか?」という巧みな質問によって、一ヶ月前の選択に対する満足度が測定されました。もっとも高い売値を付けたのは(3)のグループだったそうです。

『その科学が成功を決める』でこの研究を紹介している英ハートフォードシャー大学のリチャード・ワイズマン教授によれば、アパート、車(3)、株の選択についても類似の研究はなされており、似た結果が得られているとのこと(2)

なぜ、じっくり考えるアプローチは機能しないのか?ワイズマン教授は両研究者の説明をこのように要約しています(2)

ちがいが一、二か所しかない選択肢の中から一つを選ぶ場合、意識の力は状況について冷静に理性的な判断を下し、最もいい選択をおこなう。だが、その力には限界があり、一度にかぎられた数の事実や数字しか処理できず、問題が複雑になるとあまりよい判断ができない。そのため意識は状況を全体として捉えるかわりに、最も目立つ要素だけに注意を集中し、全体を見失いがちになる。かたや無意識は、私たちが日常のさまざまな面で出会う複雑な選択を扱うのがはるかにうまい。

具体的に、無意識を働かせるには、どうすればよいのか。「よく考えて、一晩寝る」という、よく知られたやり方でもきっと効果があると思いますが、ダイクステルホイス博士らが採用していたのは、もっとシンプルな方法でした。上述したとおり「5分間の難しい言葉遊び」を行っただけなのです。これらの実験を踏まえてワイズマン教授が作成した無意識の力を借りて決断する方法は、次のようなステップです。

  1. あなたが、いま決断しなければならない問題を書く
  2. 5分間、没頭できる難しいクイズ・パズルに取り組む
  3. あまり時間をかけずに、Aに対するあなたの決断を書く

無意識を働かせて5分間で後悔の少ない決断をする3ステップ*ListFreak

あまり「難しい」クイズ・パズルでは脳が疲れてしまってうまく考えられないのではないかと思ってしまいますが、そんな心配はなさそうです。冒頭のウィルソン教授は、意識を心という氷山の一角であるというより「氷山に乗った雪玉」と考えるほうが近いと述べています。それほどまでに無意識の処理容量は大きいということです。

このようにして得られた決断は、自分自身を満足させるにすぎません。その決断が組織にとって「いい」決断であるかどうかは、また別の問題です。上で述べたような無意識に頼るアプローチによって組織にとっても「いい」決断を引き出すには、組織の価値観(理念)を自分のそれと重ね合わせて腹に落としておくことが欠かせないでしょう。


(1) ティモシー・ウィルソン 『自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学』(新曜社、2005年)

(2) リチャード・ワイズマン 『その科学が成功を決める』(文藝春秋、2010年)

(3) “Sleep on it, decision-makers told“ (BBC NEWS)