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010 「高望みしておけば、望みがかなったのに」

●新人Aさんの工夫

ある企業の新人研修では、最初の3日間でビジネスマナーを教え、次の2日間で飛び込み営業の実地訓練をしています。自社の商圏に隣接している街に新人を連れて行き、中小企業向けの商材の販売に取り組ませます。1日目は先輩社員と組んで回り、2日目は自分だけでがんばってもらいます。

2日目に関しては肝試しのようなもので、具体的な成果を期待しているわけではありません。とはいえ新人諸君には「社長と名刺交換をしてこい」とハッパをかけます。

たまには、実際に社長の名刺や具体的な提案依頼を持ち帰ってくる新人もいます。Aさんもそんな新人のひとりでした。Aさんはどう考えたか。

Aさんは、初日に受付に置いてある社員名簿をよく観察していました。社員名簿を置かない会社もあれば、置く会社もあります。社長の名前を名簿に載せない会社もあれば、役職を抜いて全員の名前を載せる会社もあります。社長を直接呼び出せるような名簿を置く会社も、中にはあります。

Aさんも他の新人同様に一社一社回りましたが、社長を呼び出せない会社はどんどん飛ばしていきました。社長を呼び出せる会社を見つけたら、直接面会を申し込みました。断られたり社長が不在であった場合には、購買担当の方に面会を申込みました。

初日に先輩がやったように、一社ずつ回って購買担当の方に面会を申し込む方法をなぜ採らなかったかと聞かれたAさんは、このように答えました。

「一日限りの仕事なので、一日で成果を出したいと思いました」
「『中小企業では、社長に会えれば話は早いんだ』と教わりました」
「受付の名簿に名前があるということは、社長であっても『呼んでいいよ』ということだと思いました」

たしかに、敢えて社長として名簿に名前を載せている経営者には、それなりの理由があって飛び込み営業を受け付けている方もいるでしょう。初期評価と最終承認が自分の仕事だと考えている方もいれば、社長に飛び込み営業をかけてくるような元気なセールスパーソンが好きだ(場合によってはリクルートしてしまおう)と思っている方もいると思います。

ほかの新人は、どうハッパをかけられようと、会社の期待値を見切っていたかもしれません。がんばったところを見せて「厳しさを思い知りました」と報告すれば、新人研修のオチとしては十分であることを察知していたかもしれません。

Aさんは本気でした。たった一日で完結しなければならないという制約を本気で考えて、ユニークな発想に至りました。

●目的からストレートに考え下ろす

我々はしばしば、目的からストレートに考え下ろすということを忘れてしまいます。

例えば、うまくやり遂げることに注意を集中しすぎているとき。上のケースで言えば、ともすると「何社のドアを叩いたか」「何枚の名刺をもらったか」ということが目的になってしまいます(新人研修ですとそれが目的のこともありますが)。

あるいは、「誰もやっていない」「これまでやったことがない」という理由で、他の手段を無意識に排除してしまうとき。上のケースで言えば、社長に直接面会を申し込むというのは、先輩にとっては想定外でした。実際、日々の仕事では、頭越しに話を通すのでなくて担当者とよい関係を築いていくことが重要かもしれません。会社もそういった通常の営業活動の練習をするという前提で、研修を設計したのでしょう。それは当たり前の前提なので、敢えて伝えられることがなかった。しかし新人のAさんが理解したのは、これは「自社の商圏に隣接している街」での「1日限りのプロジェクト」ということでした。そして目的からストレートに考え下ろしていって、最善と思う手段を発想したのです。

●「高望みしておけば、望みがかなったのに」

例えば遠慮がちな部下が回りくどい提案をしてくるとか、リスクを恐れるあまり余計な仕事に時間をかけ過ぎてしまうとか、似たような話は皆さんの周りにもたくさんあるのではないでしょうか。傍から見ていて、「すこし高望みしておけば、簡単に望みがかなったのに」という逆説を感じることもあると思います。

こういうことは、他人を観察していると分かりやすいのですが、自分の意志決定となるとなかなか難しいもの。我々がマネジャーとして意志決定をしていく際にも、こういった「暗黙の前提」と戦っていく必要があります。

そこで、そもそもの目的を思い出すために、手段を選択する前に一度「高望み」をしてみてはどうでしょうか。目的を果たすための意外な近道が見えてくるかもしれません。