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164 知恵を測るケーススタディ

●【知恵を測る】

ある15歳の少女が、今すぐ結婚したいと考えています。
彼女はどうすべきだと思いますか?

これは、知恵(wisdom)を定義して測定しようというプロジェクトが考え出した「お題」です。測定の基準は後述することにし、回答例を2つ(翻訳・編集のうえ)引用します。

回答1:15歳の少女が結婚したい?とんでもない。まったくもって間違ったことだ。そんな結婚は不可能だということを彼女に伝えないと。ちゃんと調べれば、そんな考えを支持するなんて無責任だとわかるだろう 。いやいや、なんともクレイジーな考えだ。

反射的には、上記のように思います。そもそも法律違反として片付けてしまいたくなります(ちなみに論文の著者はドイツ人で、ドイツの婚姻適齢は男女とも18歳以上のようです)。しかし「知恵のバランス理論」を学んだので、回答1のような決めつけも、逆に「本人がそう望むなら勝手にすればいい」という短絡も、知恵のある回答とはいえないであろうことはわかります。

実際、回答1はプロジェクトの基準に照らすとスコアの低い回答です。スコアの高い回答例も、少しはしょった訳をお目にかけましょう:

回答2:表面的には、簡単な問題のように思える。一般的には、15歳の少女の結婚はよくないことだろう。しかし固有の状況を考慮に入れることが必要だ。不治の病に冒されていて死期が近いとか、両親を失ってしまった直後であるとか、彼女なりの事情があるのかもしれない。あるいは、彼女はわれわれとは異なる価値体系の中で育てられたのかもしれない。さらに、適切な方法で彼女と話をして、彼女の感情の状態を考慮に入れることも必要だ。

「不治の病に冒されて死期が近い」なんて小説じみた状況だな、と負け惜しみにも似た気持ちを抱きながら、相手の状況を十分に想像していなかったことを認めざるを得ませんでした。

同時に回答2は、「コミュニケーションにおける慈善の原則」を思い出させました。この原則に従っていれば「もし15歳で結婚したいという願いにもっともな理由があるとすれば、それは何か?」と考えられていたはずです。

ドイツのマックス・プランク研究所(Human Development)で行われていたこのプロジェクト(Berlin Wisdom Project)では、知恵のある言動を測定するために次のような基準を作っていました。

  • 【宣言的知識】人生の問題に対して幅広くかつ深い知識がある
  • 【手続き的知識】人生上の問題を解決するために必要な情報の検索、状況分析、意思決定、評価決定に関わる知識がある
  • 【文脈理解】人生上の問題の背後にある年齢的・社会歴史的・生活史的文脈を理解している
  • 【価値相対性の理解】人生上の問題を解決するとき、どのような価値観や目標をもつかで方向性が変わることを理解している
  • 【不確実性の理解】人生は予測不可能なものであり、不確実性を完璧に排除することはできないことを理解している

知恵を生み出す5つの知識(Berlin Wisdom Paradigm)*ListFreak

前半の2つは基本的な基準、後半の3つはメタ基準というように分けられています。たしかに前半の2つは知恵というより知能をはたらかせるための知識といってもよいようですし、後半の3つはいかにも知恵のある人が蓄えていそうな知識です。

●【知恵のケーススタディをこなす】

知恵を測定しようという発想に興味を引かれました。知恵を測定するためには、被験者に知恵をはたらかせてもらわねばなりません。その方法が簡易なものであれば、それをトレーニング法として転用することで人生経験を補い、知恵を磨くことができるように思うからです。

プロジェクトが考案したのは意外に簡単な方法で、冒頭に紹介したようにある状況を描写した短い文章を読むことでした。ケーススタディといってよいでしょう。ビジネススクールのケーススタディのように、正解はないながらも、考えるべき視点はあります。それが上述の5つの知識です。

ケーススタディや特集記事のような事例、自伝や小説のような物語などにただ目を通すだけでも、一定の知識にはなります。しかしさらに、たとえば「自分であれば上述の5つの知識をどう使うか?」という視点で読んでみれば、知恵をはたらかせるシミュレーションになるのではないでしょうか。